昭和五十七年 七月十九日 朝の御理解

御理解 第二節 先の世まで持ってゆかれ、子孫までも残るものは神徳じゃ神徳は信心すればだれでも受けることができる。みてる(尽きる)ということがない。
 信心すれば誰でも受ける事のない、御神徳を受ける事が出来るとこう教えられますが。どんなに苦しいいうても切なくても神様一心におすがりをという事ね、それこそ神にすがって辛抱せいと、こう教えられるその辛抱 そして、神様のもうこの氏子は間違いがないというようなところがあって初めて神様の、御信用御神徳というものはつくもんだと思うですね、中にはだから信心にはやはり辛抱、いわゆる辛抱力をつくる私は昨日、昨夜の御月次祭にあの、高橋サン達夫婦の昨日お届けを聞かせてもろうて、
笑い話のようにしてあの大黒様の、お父さんの時代に作っておられる大きな大黒様がお店に置いてある。
 そのお部屋で休まれると、その私はそこ忘れたから、昨日お話の中に、あの、あ、あれはどげんとでしたかねて言うてお話し中に誰か前に座っとられますから、聞きましたら、その襲われるという身体が硬直してしまうと聞いてから、あらためて後から感じた事でしたけれども、私も一生懸命の修行の真っ最中の時分に私はちょいちょいあっとりました、身体がね硬直してしまうんですよ、そして何か電気にかかるというような、電気にかかったちいうのは、こういう事だろうと思うように、あらこれでしまえるとじゃろうかというような感じのような事が、幾度もございましたがです、その事を昨日あらためて思い出させてもろうて、高橋さん達夫婦の御信心というものが、そりや成程、苦しいところを今通っておられますから、それこそ喜びのだんぢゃなかろうと思います。
 けれども先だってから頂きますように、それをだいぶん苦しい一日でしたという時に、本当に結構な修行させて頂いて有難いといったような御礼がでる、でなければ苦労が苦労で終わってしまうね、そういう気持ちでおかげ頂いたら、苦しい事も、また苦しい事ではなくて修行として、水火の行として、受けて下さるんだというふに頂きましたよね、昨日から昨日にかけて頂いとります、だからそういうお徳を受ける前提として天地との交流が始まっておられるなあとその後に頂くのが御神徳だなというふうに思います。
 もういくら参ったっちや同じ事ぢゃからと福岡から何十年間参り続けられるというだけでも大した事、最近では出来ないと思うておった奥さんも一緒にお参りが出来るように一生懸命、それはどこまでもおすがりの信心です、けれどもやはりそれは苦しまぎれであるかもしれませんけれどもです、だからその苦しいというところを私はね、本当に今日はもう泣きたい程苦しかった、(初代、感動)信心がなかなら死んだほうがましという程苦しかったと言うほどしの修行をさせて頂いて有難いとま心には思わんでも、修行させて頂いて有難いというような信心に神様が感動を送って下さるというふうに申しましたが、そういう辛抱力に対して高橋夫婦に御神徳を下さろうとする前提が始まったなあと言うて、、(初代、胸がつまられる)思いましたら今日はね、その事だけで有難かったです私は。
 私は、私が朝の御祈念が御神前で一時間このごろは一時間二十分もかかりますが、起きてからズーット私の御祈念が丁度二時間かかりますからね、控えでも起きてからでも御祈念し続けますから、それはね段々御祈念をしておりますとね途中でどうにも出来ないほど有難くなるんです、どういう事、こんなに有難くなるだろうかと、したら今日その事をどうしてこんなに有難いのか、いうならば人の事ばっかりお願いしよる、自分の事だんぢゃない、自分のこつなんかはもう家族の事なんかはいつも忘れておるしたら神様から「我を忘れて」という事を頂いたです。結局ね私がなら我を忘れていうならば、二時間もの御祈念の時間を一生懸命に御祈念をしておるという事に神様が感動まします。
 その感動が途中で何回も無性に有難くなるんだ、とても眠気だんじゃありません、それは身体の悪い時なんかもございますけれどもですね、その一生懸命に我を忘れておる時で御祈念をしてる時にはその苦しさが段々なくなっていくですね、だからなら高橋さんなたりの御信心がそうして天地との一つの、天地の神様というのは電気体のようなもんだと私は感じております、ですからその電気がもうこう時々でも通いよる、それが私は大黒様のならお部屋で、この大黒様はもう太うばっかりあってから器量が悪かけんだからこれはもうというふうに思うとるから襲われるような感じぢゃなかろうかと昨日は高橋さん言われましたけれどもね。
 たとえ大黒様と名がつきゃ、親先生というような頂き方をせんのというて昨日は申しましたけれども、そげな事は思はんでもどうせでもですね、やはり大黒様のお部屋でそういう働きが夫婦の上に起ってくるという事はこれはいうならば天地のそういう働きがね、いうなら天地のその電気のようなものがこう通い始めたんだね、そういう信心を基礎としておかげを頂いてまいりましてなら神様が感動を送って下さるようになる、どんなに苦しい事であっても喜びが湧いてくるね、そこから私は初めて言うならば一切神愛といったような事も実感としてわかるようになり、そこから苦労を苦労とせずに修行として拝んで受けれるといったようなあかぬけした心にも頂けるようになってくるだろう、そこにはもうおかげはついてくるでしょう、御神徳もいよいよますます、いわゆる御神徳を受ければ心配はないと仰せられるような心配のないおかげが約束されると思うです。
 昨日、西分会のあの稲員さんのところに毎日お参りをする五、六人の御信者があります、で稲員さんがいろいろお知らせを頂かれる、そのお知らせを昨日は便せんに書いて持ってきとりました、それには最上妙心と頂いたち、最上というのは最高という意味でしたね、妙心というのは心の妙と女ヘンに少ないね心、ほうこれはあんた今朝の御理解たいと、なら今朝の御理解をようくこの内容を頂いて帰んなさいよというて申しました事でしたけれどもね、本当に、私共がおかげを頂いていわばお徳を受ける心の状態またお徳を受けたらこの心の状態が開けてくる、それこそ高心にまたは我を忘れてねだれ彼の事が祈れれるような心の状態はそういうただおかげば頂かんならんから人の事も願うといったようなもんぢゃなくてね。
 その妙心がそうさせる信心、このいわば喜びの妙という事になりましょうね、その喜びの心が、最上だという、その最上の心というのはやはり御神徳を受けた者でなからなければ本当は味わえんのぢゃないかというふうに思うですね、それのやはり基礎基本になるものはどんなに苦しかってもそれはなら、我情我欲の為でもいいと致しましてもですね、いわゆるそれこそ神に向かって辛抱しぬくという事だと思うですね、これが基本ですやっぱり、三代金光様もやはり仰せられております、これは御自身のまだそれこそ御年わずか十三才からね、八十何才、七十年間という間を辛抱しぬかれて初めの間はもう辛うて辛うてよう泣いたと仰せられますね、けれども親様が座っておれば楽ぢゃと仰せられたから親様の御信心にすがって辛抱したと、後はどういう事になられたかというと、もうそんなに泣くほど辛い事ぢゃなかった、そこを辛抱しぬかれたらね、有難うて有難うてと仰せられております。
 思う事もなくなり欲しいものもなくなり、ただ御礼の足りない御わびばかりを致しておりますと、今、合楽でこの御わびの信心がなくなっていくのぢゃないかというふうに段々いわれております、本当の神愛論からいうとそうなってきますね、それはあれもおかげこれもおかげとわかってくるですからね、もうそれこそただこんなにおかげを頂いてその御礼の足りないおわび位になってくるんぢゃないかと思います、おわびというのは三代金光様もそれを仰っしゃっとられるただね、信心もでけんのにこんなおかげを頂いてね御礼の足りないおわびばかりを致しておりますと仰せられるようなね、信心の境地というのはやはり辛うて辛うてよう泣いたという時にとても有難い心なんかはお開きにならなかったと思うです。
 やっぱり辛かったんですけどもその辛いとこを貫かれた後には、有難うて有難うてというその心が頂けておられます。私は何というても信心すればね、誰でも御神徳が受けられるだから、信心をいわば貫ぬく辛抱さえ出来ればという意味だと思います、ところがいうならばその辛抱を貫ぬききらんね、段々とおかげを頂いていうなら、阿倍野の先生ぢゃないけれども水も漏らさんにょうなおかげの世界に住むという事が神徳の世界に住むという事でしょうけども、その最上の幸福の心というのは喜びに喜びの妙を感ずるね、そういう信心を目指さなければなりませんけどもその前提として私は信心辛抱がいる、貫かせて頂いて初めて御神徳に触れる事が出来る、天地の親神様 は電気体のようなお方、だからその電気にかかったような働きがね、あの感じられるようなこれは私の体験ですけれども、もうそういう事がそのじぶんにはいつもあっておりました、ですから昨日それを高橋さんのね、お届けを聞かせて頂いてね、あんたがあいっちよん喜びがない、もう、参る事ばっかり参ってからち、私が申しますけれども、やっぱりそういう信心辛抱のその天地の御神徳がね頂かれる前提を今こそ頂くいておられる時ぢゃないかと、いうふうに思うたらとにかく有難かった辛抱力ですやっぱり辛抱力を作る事ですね、段々おかげを頂いてまいりますとです、我を忘れてね天下国家の事も祈れれるようになる信心は限りない偉大な大きな信心に育っていく事なです御神徳は誰でも受けられるとおっしやるのはそういう信心を貫ぬく人の上にね、頂けるものだというふうに思うですね
         どうぞ